※ 注意 ※
以下に解釈される要素を含む内容です
これらを苦手とされる方はご注意下さい

・ IF(過去捏造)
・ 性別変更(女体化)

作品内容に【IF要素(過去捏造系)】 と 【性別変更(女体化)】 を含みます
これらを苦手とされる方は、閲覧を控えるなどご注意下さい
作成ツール - SS名刺メーカー
⇒ Gallary

おもひで

 時は大正、帝都某所。

 流行りの帽子を被る洒落たモダンボーイが、とあるカフェーの扉を開けた。
 彼の周囲の若者達が、こぞって噂する話題のカフェー。

『あのカフェーには、女給の幽霊が出るという』
『雇った覚えのない娘がいて騒ぎになったらしい』
『瞳の色が左右で異なる、美しい乙女だと聞いた』
『そういえば、■■と■■が店に行ったとか』
『■■は居たと言い、■■は居なかったと言い……どちらが真実なのやら』

 モダンボーイもまた、女給の幽霊に会おうと試みる一人だった。
 カランカランとドアベルを鳴らし、早々に店内を見回せば、古参の女給が慣れ切った様子で出迎えた。

「いらっしゃいませ。お客様も噂の幽霊がお目当てでご来店を?」

 彼が頷くと、女給は安堵に寂しさを滲ませた声で告げる。

「でしたら、一足遅かったようですわね。幽霊は……いなくなってしまいましたのよ」

 そうか、いないのなら――と。
 モダンボーイが口を開くよりも先に、近くの席の常連客三人が饒舌に語り始めた。

「お兄さんや俺らみたいに、豪胆な客ばかりじゃあないのさ」
「幽霊が怖いって、すっかり客足が遠のいてしまってね」
「親切な拝み屋さんが来てくれなければ、閑古鳥が鳴きっぱなしだっただろうなあ」
「拝み屋さんが来た次の日から、店の幽霊騒ぎはぴたりと止んだんだ」
「《見える》客も、皆が『見えなくなった』って太鼓判を押してるぞ」

 常連客らは「店が潰れなくてよかった」と笑いあい、珈琲香る世間話の中に戻っていく。
 女給はモダンボーイの帽子と上着を受け取る頃合いを見計らっていたが、帽子を押さえて軽く頭を下げる彼の仕草に、すぐさま振る舞いを変えた。

 いないのなら――もう、興味はない。
 幽霊がいないと知った途端、茶の一杯も頼まず立ち去る客を、女給は何人も見送ってきた。このモダンボーイも同じだったのだと、慣れと呆れを古参らしく経験で包み隠し、閉じていく扉へと言葉を送る。

「またのお越しをお待ちしております」

 ドアベルが鳴り止み、女給は溜息を胸に仕舞い込んで入り口を離れた。
 客の去ったテーブルの片付けをしていると、後輩の女給がそっと声を掛けてくる。どうやら、どこか物憂げな様が気にかかったらしい。

「■■さん、浮かないご様子ですけど……」
「今のお客様を見ていたらね、なんだかあの子を思い出してしまって」
「ああ、幽霊の。■■さんも《見える》人でしたからね」
「ええ。皮を縫って繋いで人を取り繕ったような、継ぎ接ぎだらけの――それでも、愛らしいと思える子だったわ」
「……?」

 怖ろしいだけではなかった。
 そんな想い出に目を細める女給の横で、後輩は首を傾げる。当然だ。幽霊は娘の姿をしていたというのに、想起の切っ掛けとなった客は男だったのだから。

 ならば何故、女給は想い出に至ったのか?
 疑問を察した女給は、空いた手で額を指差す。

「帽子の下にね、縫い目があったからよ」

⇒ Gallary