順真♀掌編小説集 01
至福とナースコール - じゅじゅらいぶ!!
ここは、人と呪いが仲良く呪い合いする都合のいい平行世界 ――
「アゲてけよ、ファン共!!」
ステージの中心に煌めくアイドルが叫ぶ。満員のファン達のコールアンドレスポンスが轟く。
至福の光景。光の海の最前列で、最古参の吉野順平は、万感の想いを込めてアイドルの名を呼んだ。
「真人さーんっ!」
はじまりは、君と僕だけのライブから。
ナース、バニー、あと何か色々……属性大渋滞のアイドル衣装は、夢が駆け出したあの日と同じ。
果実と映画館 - 虚構の過日
真暗な輝きの二つの色が、少年を憂き世から切り離す。
ふとした仕草で、ふわりと揺れ広がる銀の幕。
欲しかった台詞。アドリブの誑誘。
怖れの結実は、どこか少年の好きな空間に似ていた。
桜と人魚 - 深海の花吹雪
無意識の底から湧いたインスピレーション。
脚を魚に変えた私が、海の底にいる。
深くて、暗くて、冷たい海。
私はそこで、静かに降り注ぐ白い無数の雪花を見上げていた。
いつか、漏瑚がくれた絵本を読んだ影響かもしれない。
いつか、花御が教えてくれた植物の影響かもしれない。
いつか、陀艮が話してくれた事象の影響かもしれない。
人間なんかの為に、泡になって死んだ馬鹿な人外の物語。
人間が手を加えた、人間の手が無ければ繁殖られない樹。
命の抜け殻が海に降る雪になり、光無い深淵で命を廻らせること。
海底の私の手に、一片が降りてくる。
その時、深海へ。
君が私を呼ぶ声が響いて、魂に波紋が広がった。
優越とコーラス - a cappella veemente
僕の生きる音域が変わった。
悲鳴、呻き声、軋む骨、爆ぜる血液、毒に染まる肉。魂がなくなる音の世界。
そこには、音を重ねたいひとがいる。
「私ね、最近覚えた言葉があるんだ」
音符のように小さくなった人間を飲み込んで、そのひとは僕の毒を『スモルツァンド』と例えてくれた。だから僕も、あなたの無為を『スフォルツァンド』に例えて応えた。
今日、僕らが重ねた死の記号の不協和音。
「君とだから聴けた音だね」
楽譜通りのきれいな旋律に、僕は己惚れたくなってしまう。
ふたりで重ねた音が、いつかの荒野に聴こえる日を想って。
僕がいなくなった後もあなたの残響であったなら、どんなに嬉しいかと。
涙とモンタージュ - Over the Rainbow
女によく似た呪いが、人間の少年に寄り添う。
言葉を交わす中、ふと、少年の瞳から雫がこぼれた。
呪いは瞠目する。落涙に至る魂の揺らぎを引き出したのは、予想外だった。
「……すみません」
「見せて」
「 ―― ?」
少年が涙を拭うよりも早く、呪いの両の掌が彼の頬を包み込んだ。
呪いの指を、手の甲を、温かな水が濡らしていく。
生きたままの人間が涙する様を、こんなに間近で観察したのは初めてだ。彼のような数多の涙の継ぎ接ぎが、己を形作っているのだろう ―― 興味深いが面白くない。この薄い水の膜を隔てたら、世界の見え方はどう変わるのだろう ―― 面白そう。
「真人さん、なんで」
少年の真似をして、呪いは両目から雫をこぼしていた。
涙によって、見つめる少年の輪郭が歪む。見上げる混凝土壁の色が滲む。見下ろす水路と眼球の水が交わる。切り取られた雨上がりの空が煌めく。面白い、面白い、面白い。
鮮やかな好奇心に弾かれて、少年の手を引き外へ駆け出した。
己の涙は拭わない。少年に涙を拭う暇など与えない。
何故彼も連れ出そうと思い立ったのかは解らないが、分かることならただ一つ。
「順平、見て!」
世界を変えるフィルターを無くすなんて、とんでもない!
「瞬きする度に、涙をこぼす度に、虹が新しい色で見えるんだ。涙がなかったら、虹の多彩な表情を知らないままだったよ」
「本当だ ―― 虹が、綺麗ですね」
手を繋いだまま、涙を湛えたまま。
空を仰ぐ呪いと人間は、瞬きで変わり続けるふたりの世界を讃えていた。