片足の無い老人は、口を動かしていた。
否、言葉を発していた ―― 真人にだけ、老人の声が聴こえていた。
「線路を歩いたら危ないよ」
譫言のような老人の嗄れた声を聴いているうちに、真人の中に何者かの思念が流れ込んでくる。
「消えたくない……」
「消エたクナイ……」
「キエ……ナ、イ……」
思念が薄れていくと共に、老人の姿も薄れて消えていく。
順平と葉純はそれぞれの端末を掲げ、撮影のボタンを押した。
何処を写すかも、何を写すかも関係ない。
ただ眩しさを撒き散らすためだけにシャッター音が吠えた。
真人は、順平達が瞬かせた光によって我に返るだろう。
葉純の『幽霊』発言に、順平はとある事に思い至るだろう。
無我夢中でフラッシュを瞬かせたあの時、カメラが老人を捉えていたかもしれない……正確には心霊写真ではないのだろうが、恐怖の一枚が撮れているかもしれない。
もしも撮れていたのなら、写真で更にネットが賑わうのではないかと。
<老人の撮影>
推奨技能
『*細工』
ダイスボーナス+1技能
『芸術:撮影』『★霊感』
スマートフォンの写真フォルダに加わった最新のファイル。
街灯に照らされてもなお暗い風景の中に、あの老人の姿があった。
消えゆく瞬間を切り取ったためか、老人の姿は非常に薄く一目では認識できない。順平がインストールしていない本格的な写真加工アプリケーション等を使用しなければ、老人に気付く者はごく僅かだろう。だが、インターネット上には検証を好む人々もいる。彼らが老人の姿を確かなものにし、順平の投稿を補足してくれるはずだ。
<ネット実況信用値判定>
推奨技能
続報を待ちわびていたネットの住人達が騒ぎ出す。
「写真弄ったらガチで爺さん出てきた」
「太鼓と鈴ってはすみも書き込んでたな」
「このお爺さん、片方足無いよね……」
「線路を歩くなって注意されなかった?」
「バズってたから調べたけど、流れそっくりそのままじゃん」
「リアルきさらぎ駅」
注目と情報が集まると共に、信用もまた高まりつつあった。
しかし、誰もが『14年前のきさらぎ駅と同じだ』としながらも、誰も『景色がぼやけていた』とは教えてくれない。
……教える情報が、無いのかもしれない。
2004年のきさらぎ駅に無い “ナニカ” が、2018年のきさらぎ駅に在る。
<共鳴判定:強度5/上昇1>
∞共鳴感情:[ 自己顕示(欲望)]
感情マッチング『真人 ダイス +1』
押し寄せる情報の波を捌こうとする順平。
彼の様子に、真人は喜びと充足を感じていた。
溢れる情報が当たり前の時代に生まれた彼でさえ翻弄されるほどの注目に、魂が歓喜と名のつく代謝で打ち震える。
だが ―― これは、本当に自分自身の代謝なのだろうか?
<共鳴の感知>
技能提案 → 真人『★霊感』
疑問が、違和が、歓喜を上書いた。
そして、本能で理解するだろう。己の魂から自然に湧き出た代謝ではない……怪異に引きずり出された代謝なのだと。
都市伝説をなぞる共鳴者達の軌跡に、電子の世界が熱を帯びていく。
彼の日を知る人々が想い出話に花を咲かせ、知らぬ人々が怪奇の海に飛び込み都市伝説と戯れる……
大小様々な端末の画面越し。
ある者が願うは、不帰の悲劇。
またある者が願うは、奇跡の脱出劇。